看護師にとってのキャリア

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看護師にとってのキャリア

キャリアを英語類語辞典でひくと、経歴、疾走、出世、生涯、職業、人生、速力、履歴にまつわる単語が現われる。

まさにキャリアを考える上でのキーワードが並んだ感があるが、もう少し整理を進めるために「HALL(2002)」がまとめたキャリアの4つの考え方を紹介したい。

1つ目は、キャリアを”組織内での昇進や昇格”ととらえる見方である。病院看護師が主任を経て看護師長になり、最後には看護部長になるという
縦への動きが、これにあたる。

2つ目は、キャリアを”ある種の専門職にみられる体系的なステップ”と、とらえる見方である。医師を例にとるとわかりやすい。医学生が研修医
になり、複数の関連病院の勤務医を経て、医長になったり開業医になったりするような場合がこれにあたる。

看護師の場合、これに準ずるような定型としてのステップはないが、臨床経験を積めば認定看護師等のスぺシャリストになるコースが選択できるというのは、これに近い。

3つ目は、キャリアを”生涯にわたる職業経歴”とする見方である。たとえば、病院看護師を経て地域保健師をした後、訪問看護ステーションを立ち上げて、そこの所長になることが考えられる。誰にでもあてはまるパターンでなく、その個人がどのような職業遍歴なのかということに注目する考え方である。

4つ目は、キャリアを”役割に関連した諸経験の連続で生涯にわたるもの”だと、とらえる見方である。人は仕事や諸活動を通してさまざまことを体験する。その連なりがその人の道筋となり生涯という歴史を刻むことになる。

看護師になったときに陥ったリアリティ・ショック、プリセプターを体験して感じたこと、患者の死に遭遇したときのやるせなさ、家族と一体になって患者を支えられたという感覚、そういった数々の体験が看護師である自分を創り出していく。そういった連なりをキャリアと呼ぶのである。

看護師のキャリアの考え方

まず、キャリアの考え方は、どのように成功するかではなくプロセスを大事にするため、出世すればよいというものではない。また、キャリア評価が自分自身によって行われるべきというのは、そもそも自分自身の問題なので、自分の中にある尺度で測るべきであり、倫理的にも他人が評価することには問題があると考えられる。

さらに、
人が成長すると、それにともなって価値観や態度や動機は変化していくものであり、自覚的(主観的)である。他方で傍からみていてその人がどのようにキャリアを選択するのかが明らか(客観的)なこともあり、キャリアは主観的を側面と客観的な側面との両方から成り立っていると言える。

最後に、キャリアを人生そのものととらえると、あまりにもまとまりに欠ける。だからといって職業や出世だととらえるのでは、あまりにも限定的だ。そのため、正職であろうとパートであろうと、ボランティアであろうと主婦(夫)であろうと仕事の継続的な形を前提としてキャリアを語ろうというものだ。

キャリアを”生涯”というスパンでとらえ、その”プロセス”を大事にするという考え方の源泉は、生涯発達心理学にある。
レビンソン(Levinson,D.J 1978) やエリクソン(Erikson, E. H 1982) 5)らに代表されるように、人には世代ごとに乗り越えるべき課題はあるものの、いくつになっても成長するという考え方が前提にある。

生涯という長期的視点に立てば、仕事上の役割のとりかたや仕事内容が変化する(キャリアサイクル)だけでなく、生物学的に年齢を重ねる(生物社会的ライフサイクル)という現実や、家族との関係性も変化していく(家族サイクル)ということに気づく(シャイン 1978)。つまり、いくらこのままの状態でいたいと願っても、物覚えは悪くなる。

子どもの教育に忙しくなったり、親の介護が必要だったりする時期もくるだろう。その分、蓄積された経験か活かしたり、教えられる側から教える側への転換を楽しんだりという側面も出てくる。それが、人はいくつになっても発達するということだ。

指標となるキャリア論

Career Developmentの訳語には、キャリア開発とキャリア発達があるが、看護界では、キャリア開発の方が定着している。そのせいか、キャリアは、これから”開発”されうるものという未来志向の意識が強いように感じられる。特に病院組織においては、院内での活躍ぶりや動きをキャリアととらえ、それを支援する働きかけをキャリア開発と位置づける傾向にある。

ここでいう動きとは、昇進・昇格という縦の動き、勤務異動という横の動き、教育委員になるなどの役割取得の動き、感染管理や糖尿病看護などのスパシャリストをめざす動きである。

だが、生涯にわたる仕事に関連した諸体験のつながりがキャリアだと考えると、何をすれば楽しかったのかといった過去の視点も大切になる。また、なんらかの動きがなければキャリアを積んだことにならないかといえばそうではない。

このまま動かないというのも一つのキャリアの形であり、それが自覚されているのであれば、それも主体である個人の選択といえる。キャリアサイクル、生物社会的ライフサイクル、家族サイクルの3つのサイクルが変化しているにもかかわらず、このままの仕事内容・仕事の仕方を継続するという選択肢は、動くという選択肢と同じくらい重い。

何も考えるすべがなくても、今の状態を継続するのとは異なるということだ。

スぺシャリストの育成が促進される中で、新たな道を見出して活き活きし始める看護師もいれば、そういう看護師を後目に自らの生き様への問いかけに答を見出せないでいる看護師もいる。

これから、どちらかというと後者の看護師に焦点を当てながら、理想論ではないキャリア論を展開したいと思っている。過去から現在に連なり、そして明日へと続く道筋を展望するキャリアを、できるだけ現実に即しながら多面的に探っていきたい。

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