看護師の社会的イメージ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
看護師の社会的イメージ

これまで、何人もの看護師や学生に「なぜ看護師を選んだのか」という職業選択動機を聞き調べた。アンケートをする機会は、キャリア研究のデータ収集や入学試験の面接という公の場、あるいは懇親会などの非公式の場など様々な場においてだ。

100人いれば、100通りの答がありそうならのだが、だいたい決まったパターンに分けられる。代表的な例は、手に職をつけたい、母親が看護師で、やりがいがある様子を見て育った、人の世話をするのが好き、家族や親戚が入院したときの看護師の対応をみて、いい職業だと思った、というものだ。それぞれ、もっともな動機である。

前の記事、看護師にとっての仕事の価値で書いたように、私たちが仕事を選ぶときには、自分の才能や能力、動機や欲求、意味や価値などが影響する。それらが、これから就く仕事と合うかどうかが吟味されるわけだ。まず、技能を身につけることを意味する”手に職をつける”ことは、看護師の場合、国家資格をもつことで公に保証される。どこにいても食いっぱぐれのないように、経済的に安定していたいという欲求が強い人には資格の生きる仕事がふさわしい。

看護の可能性を予感できる

看護に”やりがい、いい職業”を予感させるのは、看護の仕事に自分なりの意味づけをし、何らかの価値を見出せる可能性を予感するからだろう。そして、人の世話をするのが好きと目覚し、表現できることは大切だ。現場では患者を目前にして、知識と技術を駆使しながらケアを繰り広げる。人と関わり、人の世話を厭ような人が看護師になってもらっては一大事だからだ。

仕事内容はイメージを崩す

だが、実際の仕事内容は、就いてみないとわからないことだらけだ。就業前の人が、自分に合うかどうかを検討している仕事内容の多くは、現実の仕事というよりは印象やイメージ上の仕事に他ならない。

もちろん、一日ナース体験や、看護師である母親から聞く話などを通して、仕事の一端を垣間見る機会はあるだろう。だが、それらはあくまでも一部にしか過ぎない。

看護師のキャリア発達のきわめて初期段階において、イメージが果たす役割は相当大きい。たとえば、人の世話をするやりがいのあるいい仕事というイメージが強調されると、交代制勤務の厳しさや医療事故などのリスクと隣り合わせの仕事である現実などは薄らいで見える。反対に、しんどい仕事というイメージが強調されると、しんどさの中にどれほどのやりがいがあるのかは吟味されにくい。

それなのに、そのー部が全体のイメージを構成してしまう。それは、就業前の学生だけでなく看護師以外の人たちもそうだ。だから、看護師を「たいへんな仕事ですよね」と他人事のようなー言で片付けられると、「それだけじゃない!」と言いたくなってしまうのだ。

マスメディアの影響

イメージとは、「現実に経験しているかのように心の中で知覚的経験を体験・構築すること」である。知覚にもいろいろあるが、看護師を臭ったり(臭覚)味わったり(味覚)することはできないので、主として見ること(視覚)を通してそのイメージが構築されている。

最も視覚に訴えるのは実物(看護師そのもの)で、病院に行ったときに出会う看護師だろう。看護師の姿を通して、患者の呼び出しをするのも仕事なのだなとか、ぱたぱたと走り回っているなとか、白いユニフォームが多いなどと看護師のパーツ(部分)が取り揃えられていく。

看護師の仕事は表現しやすい

ER 緊急救命室また、テレビや映画などの映像からも、看護師の姿がインプットされる。看護師を主役にした映像(「ナースのお仕事」「ナース・コール」「密着24時間感動の看護師最前先」「いのちの現場から」など)や、看護師が頻回に登場する映像(「ER」「病院へ行こう」「救急救命病棟」など)は数しれない。

裏を返せば、それくらい看護師の仕事は表現しやすく、そのイメージを大衆に伝えやすいということにもなる。

出典:ER 緊急救命室 http://dmitryda.narod.ru/all_img/er4.jpg

看護師はどのようなイメージをもたれているのだろうか

マスメディアが与えた看護のイメージについて、Kalischらが行なった複数の報告を歴史的変遷をたどりながらまとめたアメリカの文献があるそれによると、

  1. 慈悲の天使時代(1854年~1919年)の看護師は道徳的で神聖なイメージで描かれながらも、男性患者や男性医師との関連でマスコミに登場している。
  2. ガール・フライデー時代(1920年~1929年)の看護師は、病院における廉価な経済力であったため、誠実・協力的・追従的・補助的な存在として表現されている。
  3. ヒロイン時代(1930年~1945年)には、看護師が必要な教育を受け、専門性をもった仕事であることが表現されるようになる。
  4. マザー時代(1946年~1965年)には、尊敬きれるべき存在として描かれながらも、看護師は医師に追従し、結婚や子育てのためには、いとも簡単に仕事を放棄するように描かれている。
  5. 性対象時代(1965年~)には、看護師がマスコットのように表現され、性的に節操がなく、奔放、軽薄、信頼性が薄いというイメージで描かれている。

性対象の時代はすでに終わっている

この論文の文献リストをみると、Kalischらによる一連の報告は1980年代初頭に行なわれたものであり、それ以降のイメージについては触れられ
ていない。1980年代以降のアメリカにおける専門看護師やナース・プラクナイショナーの活躍などをみると、性対象の時代はすでに終わっているはずだ。

だが、現在30代より上のアメリカ国民は、ヒロイン時代、マザー時代、性対象時代の看護師のイメージをインプットされているため、以前のままのイメージを引きずっている可能性がある。

なお、この分類を日本の映画に出てくる看護師像に援用すると、ガール・フライデー時代と、性対象時代の2つのイメージでしか描かれていなという指摘がなされている。

日本のマスコミでの看護師のイメージ

日本のマスコミや研究で扱われた看護師のイメージについては、3つのリソース(1990年から2000年までの日本語で書かれた看護系の文献)1995年から2000年までの朝日新聞に掲載された看護職に関する発言、雑誌NURSING TODAYのニュース・ウォッチングのコーナーで扱われた1990年から2000年までの全国の看護情報を詳細に検討し、看護職がどのようなイメージで表現されているかを報告している。

それによると、1990年代のイメージは、「優しい」「きびきびしている」「社会に貢献できる」「体温・脈拍・血圧の測定」「忙しくきつい仕事」などである。社会は看護師を好意的でありながらも身体的・精神的にきびしい仕事としてとらえられていることがわかる。

最近の全国調査を見てみよう。日本リテイル研究所は、約1,000人を対象に、計48職種の信頼度を5段階スケールで問う職業信頼度調査を実施している。2004年度の結果をみると、消防士、裁判官、エンジニア、薬剤師、看護師、医師の順位であった。看護師は、前年度2位であったので順位を落としていることになるが、前前年度は3位であったことから、対象となった職種の中では、毎年高い順位に位置していることが確認できる。

職業信頼度調査では看護師はアメリカでは2位

アメリカでは、Gallup社という調査会社が同様の調査を実施している。Honesty and Ethics Pollと呼ばれる職業信頼度調査では、前年に続き2006年12月の調査でもトップは看護師であつた7。

大多数のアメリカ国民が、看護師は正直で倫理的だと認めていることになる。長くアメリカで看護師をしているCancer and Blood Institute Medical GroupのAkiko Stoneさんによると、この調査結果は、アメリカの医療の仕組みに起因するという。アメリカでは、保険会社や医薬品会社との契約の中で、医師が会社の利益に貢献すれば、その見返りとして報酬をもらえる仕組みがあるのだが、看護師にはそのようなものが適用されない。

そのため看護師は金銭に執着しないという非常にクリーンなイメージで見られているというのがStoneさんの見解だ。

どの国でも看護師不足

ところが、これほど国民の信頼に厚い職業だというのに、アメリカは未曾有の看護師不足に見舞われている(アメリカだけではなく、世界中で共
通する現象だが)。

アメリカにおける看護師不足の主たる原因は、

  1. 看護師が高年齢化し、若年層看護師の雇用が進んでいない
  2. マネジド・ケアと呼ばれる医療政策からの転換が図られつつあり、高度医療の担い手として看護師の必要性が再認識され始めたこと
  3. 患者・看護師比率に関する法整備が進んでおり、これまで以上の看護師数が求められていること

ふつうに考えれば、「信頼できる」という肯定的なイメージをもっと看護師が医療市場で求められているのであれば、多くの国民が看護師という職業を選択してよいはずだ。ところが、看護師を志す人が需要に追いつかず、2020年には100万人強の看護師が不足する(需要の64%しか供給できない)と見積もられているから事態はかなり深刻である。

優れた看護を実践するだけの潜在的な知識を有する人は、スマートだとイメージされている他の職業、たとえば、ハイテクやIT産業関連の仕事を選択する傾向があるらしい。

交代勤務で立ちっぱなしという病院での看護の仕事は昔から重労働だとされてきたが、今や、医療ミスによる訴訟と隣り合わせのリスクの多い仕事だというイメージも定着している。わざわざ、そういう仕事を選ぶ必要もないというわけだ。

自分たちが提供しているイメージ

それでも看護の仕事は不可欠だし、なんとか次の世代に看護の魅力をアピールすることが必要だ。州看護協会や諸団体がさまざまなプロジェクトを展開しているようだが、ここではぺンシルバニア州ピッツバーグの例を紹介しよう。

cameos-of-caring賞ピッツバーグでは、27の急性期病院が集まり、毎年、ベッドサイドですばらしい実践を展開している看護師にCameos of Caring賞を授けている。各病院からノミネートされた看護師が栄えある賞を受け取る舞台は、あたかもアカデミー賞の授賞式のようであり、参列者もみなパーティドレスを着用する。

そして、その実践能力を称えられた看護師たちの顔は喜びに輝いていると聞く。日本のように、看護部長まで勤め上げて、その貢献が認められた人がある団体からなにがしかの賞を受け取るというのではない。

年齢に関わらず現役バリバリの実践者の中から受賞者が出るということは、現場で働く看護師にも刺激になるし、これから看護師を選択するかもしれない州民にもアピールができるということだ。

出典:Five VAPHS Nurses Honored – VA Pittsburgh Healthcare System

まとめ

日本は、公には欧米諸国ほどに看護師不足の危機を感じていないようだ。だがそれは、診療報酬の算定基準である患者数と看護師数の比率からみて過不足を論じているだけであって、その比率の根拠が乏しいことは周知の事実である。

サービス残業がなくならないことや看護師が疲弊している事実を直視すれば、実数としては不足していることが明らかだ。まだ声高に看護師不足が唱えられていない今のうちに、看護がどのようなイメージをもたらしているのかを客観的にみておく必要がある。

そして、新しく看護の世界に興味をもつ人たちを創出するのは、自分たち自身が提供しているイメージだということを、それぞれの看護師が確認しておく必要がある。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>