看護師にとっての仕事の価値とは

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看護師のキャリア論

「看護師になる」という響きは、世間一般には、あたかもその人のキャリア選択は終了したかのように聞こえるようだ。
看護師は、高校卒業後に専門の教育を受け、国家試験に合格することが求められている。それだけの時間とエネルギーをかけた結果、「看護師になる」ことは、着陸地点に到達したかのように思われるのだろう。

だが、看護師になることは、看護師を志した者にとっては入り口にしか過ぎず、そこから先をどのように歩むかは、他の仕事に就いた人と同じように悩ましい問題である。これまでは、入職後数年して辞める人が比較的多かったために、残った人たちの中で、人望が厚くて優秀な人が主任、そして師長へと管理職のコースにのっていくことがキャリア・パス(どのようなキャリアを歩むのかという経路)の典型であった。

しかし、最近は辞める人が減ってきたことや、スペシャリストになるコースが増えてきたことなどもあり、どのようなキャリア・パスを選択するかは、多くの看護師にとって現実的な課題となっている。

看護師になってからどのようなキャリア・パスを歩むかを最初に決定するのは、看護学生が就職を決めるときであらう。学生と話をしていると、たとえば、”5年間は都市部の総合病院で働いて、その後は地元に戻って保健師をする”とか、”体力のあるうちに救急救命や手術の現場を経験して、それから一般病棟に移る”といった言葉が聞かれる。

そうかと思えば、”実習に行ってみて、自分はぜったい忙しい現場は合わないと思ったので、精神科やリハビリ系の病院に行く”という学生もいる。前者は、数年後の自分の将来をイメージしながらチャレンジしていくタイプ。後者は、これまでの経験や自分の性格から自分に合わないイメージを消去し、働く環境を選択していくタイプである。

このように、人がキャリアを選択していく思考はさまざまなのだが、共通するのは、その思考の過程で必ず「その仕事に就いたら、どんな自分になるのだろうか」というイメージを描くということだ。

活き活きした自分、つらくてボロボロ泣いている自分、成長意欲に満ちている自分。それらは想像でしかないけれど、自分の性格や能力、あるいはこれまで自分がさまざまなことに対処してきたやり方などに基づいた想像なので、その人にとっては結構リアルなイメージとなる。

シャイン(Schein 1990)は、キャリア・アンカーという概念を使って、その自己イメージのパターンを紹介している。アンカー(anchor)とは錨(いかり)のことで、港に船を停留させるときに使うおもりである。

船があちらこちらに漂って行ってしまわないように、しっかりつなぎとめる役割を果たすアンカーを比喩的に用いてキャリア・アンカーとすることで、人が生涯に渡る職業生活において拠り所にする自己概念を表わしている。

キャリア・アンカーには8種類ある

種類 内容
専門的コンピタンス ある特定の分野で能力が発揮できることにやりがいや喜びを感じる
経営管理コンピタンス 管理責任のある仕事に興味をもち、問題分析力、対人関係能力、そして情緒の3つを統合させて、組織の期待に添うことに喜びを感じる
保障・安定 将来予測が可能で、雇用が保証されていて世間並みの収入など経済的な安定を得ることを求める
自律・自立 組織の制約に縛られず、組織から独立することも視野に入れて、自由に自律的に仕事をすすめて専門能力を発揮できることに喜びを感じる
起業家的創造性 創造的・建設的欲求が強く、完全に自分の努力で成果を生み出すことに喜びを感じる
奉仕・社会貢献 自分の価値観を大事にし、世の中を少しでもよくしたいという望みが強い
純粋なチャレンジ 障害や解決が困難な問題、あるいは手ごわい相手を負かすことに成功を感じることで、いったんそれらを負かすと、さらに困難な課題に挑戦しようとする
ライフスタイル 自分の仕事も家族も大事にしながらそのバランスをはかり、ライフスタイルを整えたいと考える

 

キャリア・アンカーとは

たとえば、「専門的コンピタンス」をキャリア・アンカーにもつICU勤務のナースがいたとしよう。そのナースが、透析センターを開設するので
そちらに異動するようにと命じられれば、これまで自分が培ってきた専門性が発揮できないように感じられ、やる気が損なわれてしまうかもしれない。

また、「起業家的創造性」をキャリア・アンカーにもつ人に、ずっと同じ病棟で他の人と同じやり方を強いていると、その人の本来のよさがいつまでも引き出せず、組織から離れていつくしまいかねない。

シャインによると、キャリア・アンカーは「才能や能力」「動機や欲求」「意味や価値」の3つの側面から明らかになるとされている。だが、自分の才能、自分の欲求、自分の価値観などを常に意識しているわけではないし、あらためて考える機会もそう多くはない。

そこで、これらを自覚するためのヒントとして、次のような問いを自分に投げかけてみることが奨励されている。

「才能や能力」を知るためには、自分は何が得意なのか、何をしていれば力が発揮できるのかを問う。
「動機や欲求」を知るためには、自分が本当に望んでいるものは何なのかを問う。
「意味や価値」を知るには、自分が何かをするときの判断基準となる価値観は何なのかを問う。

ある問いかけに向かって内省したり、家族や友人と語らったりする中で琴線に触れるような刺激があれぱ、それがまさに自らの判断基準や価値観を意識する瞬間だ。自分の「才能や能力」「動機や欲求」「意味や価値」を知るということは、自分に向いていないこと、やりたくないこと、誇りに思えないことを知ることにもつながる。そのため、キャリア・アンカーは、キャリア選択の際の指針にもなるが制約にもなると言われている

自分にとっての生涯設計

さて、どのようなキャリアを歩むべきかの大枠を具体的に考えることを、ここではキャリア・デザインと呼ぶことにしよう。デザインという言葉は、大和言葉にすると下絵とか素描である。人によって、デザインの方法はまちまちだ。デザインしろと言われても、広げられた紙を前に呆然と立ちつくすだけの人がいるかもしれない。

そうかと思えぱ、紙の縦横の寸法をきっちり測り、原稿用紙のようにマス目を描いてから緻密に積み重ねるようにデザインを進める人もいるだろう。また、どのあたりに何を描くのか主要な部分を決めておいて、あとからそれぞれの細部や関係性を考えるという人もいれぱ、中にはいきなりマジックを持って大きな模造紙に何かを描き始め、気の向くままに筆を走らせる人もいるだろう。

最初のタイプの人は、看護師になったはいいが、あらためてこれから先のことを問われて、ずっと続く先の見えない道の前で戸惑うようなイメージだ。もしくは、これまで何の疑いもなく看護師である自分を受け入れてきたが、それでこの先一体どうしたいの?と聞かれ、そんなことは考えてもいなかったことに気づくようなイメージだ。

原稿用紙のようにきちんとマス目をつけないと描き始められない人は、キャリア目標(長期、中期、短期)をはっきりさせ、それに向かって今は何をすべきか、何を修得すべきか、といったことを計画的に考えて進むイメージをもつ。

また、主要なポイントだけを決めて描き始める人は、人生の節目の時期はデザインするが、後は流れに任せようというイメージだ。これは、流れに身を任せることで、キャリアを歩む上での発想を広げたり、行動のレパートリーを増やしたりできるという柔軟さが強調されている。

そして、紙を前にいきなり描き始める人は、まず描いてみないと紙がどれくらい大きいのかが実感できないし、インスピレーションが働かないので、とにかく踏み出してみてから考えるというイメージだ。

この最後のタイプは、「明日は明日の風が吹く」的に、どこかいい加減さと大胆さが折り混ざった様相をもっが、実は、最近注目されるようになってきた2つの考え方に依拠している。

1つは、特に大きなキャリア転換のときには、計画を立てて実行するよりも、試して学ぶことを重視するべきだという考え方である(Ibarra, 2002 2003)。まず一歩を踏み出すことで、人は自分自身に気づき、向かう先を確認することができるという立場をとうている。

その意味で、キャリア・アンカーという自己概念を拠り所に、キャリア・デザインの際の指針や制約にするとよいというシャインの考え方とは真つ向から異なる見解となっている。

もう1つは、「計画された偶然性(planned happenstance)」(Mitchell Levin and Krumboltz 1999)と呼ばれる考え方である。偶然に起きた出来事もキャリアの中に積極的に採り入れるべきだという考え方である。ただし、何もかも偶然任せということはなく、表3に挙げたようなスキルを
もっていると、生活の質を向上させるような偶然が増えるとされている。

 

計画された偶然性を高めるスキル

  • 好奇心:新たな学習機会を探索する
  • 継続:あきらめずに努力し続ける
  • 柔軟性:態度や周囲の環境を変える
  • 楽観性:新たな機会をできるだけ得られるように見渡す
  • リスク・テイク:不確かなことに直面してもアクションを起こす

まとめ

このセクションでは、いくつか示したキャリア・デザインの方法に優劣をつけることを目的とはしていない。キャリアを考えろと言われても、どうしていいかわからず立ちつくす時期もあろうし、何でも吸収しようと新たな挑戦課題に飛び込むこともある。そこから、思いもかけない自分を発見することだってある。

さまざまな経験を積むことで、自分の向き不向き、得手不得手などが明らかになり、具体的にどうありたいかが見えてくることは想像に難くない。若いときは人生の節目をデザインしろといわれてもぴんと来ないこともあろうが、経験を積み、年齢を重ねると、自ずと節目を見据えることができ、そこをデザインすることの重要性を実感することもある。

そう考えると、一人の人がキャリアを歩む中で、自らのキャリアをデザインする機会や方法は複数あるのかもしれない。あえて優劣はつけないと書いたが、それでも、キャリアをデザインするという意識があるのとないのとでは決定的な違いがあることを最後に触れておきたい。

「手に職をつけたい」「人の役に立つ仕事をしたい」という当初の希望をかなえようと思えば、看護師として働いているかぎり実現可能だ。だが、もう一歩突っ込み、「手に職をつけると何ができるのか、それをどう活かしたいのか」「最も人の役に立てると感じられるのは、どういう状況のときなのか。そういう機会を増やすにはどういう環境に自分がいればいいのか」といった問いに向かうことが、先に続くキャリアというロードを意識的に歩むことにつながる。その意識化がデザインである。

キャリア・デザインは誰のためでもなく自分のためにあり、生き方を自らに問うことを出発点としている。たとえまだ明確なデザインはできなくとも、そのような問いに答えようと意識することが、キャリアを豊かなものにしていく。

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