看護師経験年数と皆がひれ伏すような魔力の臨床能力との関係

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新人看護師に学んでもらいこと

石の上にも3年。看護師に限らず、経験年数が増えればその道での能力が高まるごとは、一般論として至極当然のこととして受け入れられる。

しかし、能力の高まり方には個人差があり、必ずしも皆が同じように熟達の道を歩むとは限らない。むしろ、どこかの時点で(あるいは、最初から)能力には差がついてくる。

そのため、経験年数は能力を判断するひとつの指標にはなり得ても、すべてにはなり得ない。

そうは言っても、臨床では「何年目」の看護師であるかが、病棟あるいは院内のパワー配分を行なうときに大事なポイントとなる。異動や昇格などの人事を考えたり、委員会メンバーや研究メンバーなどの諸活動の構成員を考えたりする際に、経験年数によるパワーが配分される。

具体的には、経験年数の高い人に異動をお願いするとか、特定の委員会に参加することを後押しするとかいったことである。経験年数の高いことが敬われる風潮は、中学や高校でもみられる。

先輩とすれ違うときには深々とお辞儀をするとか、部活では先輩の言うことに逆らわないといったような先輩崇拝文化だ。だが、”経験年数”という言葉に皆がひれ伏すような魔力があるのは、ただ年が上だというだけでなく確かな経験知を感じさせるからだ。

看護経験年数は経験検知のみかもしれない

たとえば、

看護師が何か変だと感じるときには自分の内なる独自の規準と日の前の現象とが比較されるという。その際、経験の多かった看護師には、患者の体の内側からの理解を行ない、それを予測につなげるという特徴があることを示している。

また別の研究では、看護ケアの経験を積むことは単に回数を重ねることではなく、修得したことを自分の中で統合させ、それまでとは異なる判断や深い洞察が可能になることだと、次のようなインタビュー・データを使って説明されている。

看護師のアイデンティ

看護師長アイデンティティに関連する要因の検討より引用
看護師としての自分自身について考え感じていることに違和感がなく,看護師という職業に対して自分自身の気持ちが前向きな状態であること

「経験を積むことで自分が変わっていくんだと思います。その微妙なラインが明確になっていくというか。例えば、褥創しか見ていなかつた自分が、何でこんな褥創ができたのか原因までたどるようになっていくし、誰がそれに携わったのかとか、分析的になってくるというか。たぶん、経験を積まなかったら、本の上とか、理論的には分かったかもしれないけども、その瞬間はわからなかった。何日ぐらいで何が起こるというのは本ではわかるかもしれないけれども、微妙なラインは絶対、つかめない」

これらの例からわかるように、経験を積むことが、臨床能力の向上と密接な関係にあることは間違いなさそうだ。しかし、両者の関係が正比例ではないということが論点となろう。

臨床能力の差

臨床現場に立つと、明らかに臨床能力に長けている人と、そうでない人がいる。たとえば新人と5年目とを比較すれば、それが新人の誰と5年目の誰の組み合わせであっても、そう言い切れる。

しかし、5年目と6年目とを比較したときに、そこに差を見出せるかどうかは定かではない。このように、経験年数だけでは臨床実践能力を評価できないということを事実として受け入れるようになった現場では、クリニカル・ラダー(もしくはキャリア・ラダー)を導入するようになってきた。

クリニカル・ラダー(clinical ladder)は、直訳すると”臨床の梯子(はしご)”となる。梯子を登るかのように臨床実践能力に段階があることを示したもので、看護師のキャリア発達を支援する仕組みの一つである。

クリニカル・ラダーは、評価すべき複数領域と、能力の諸段階とがマトリックスになった構造をしているのが一般的である。領域ごとに決められた達成内容に到達できているかを評価することで、臨床能力のどの段階に位置するかが決まる。

つまり、経験年数が増えれば臨床能力が上がったと一律にみなすのではなく、段階ごとに何が必要なのかが明示されているため、次の段階に上がるにはそこをクリアーしなければならないところに意義がある。

たとえば、日本看護協会が開発したクリニカル・ラダーでは、看護実践能力(基本的な看護技術から専門的・高度な看護実践能力まで)、組織的
役割遂行能力(チームや看護部内、医療施設内、地域、職能団体等での役割遂行能力)、自己教育・研究能力(技術専門職としての技能を高め、科
学的追求を行なう能力)の3領域が設定されている。

臨床能力段階はレべル1からWまでの4段階である。

これまで、臨床能力がすごいといっても、何をもってすごいということが感覚的にしかとらえられなかったが、看護師がキャリアを歩む中で臨床能力が向上していくことを段階的に記述できるという点で、非常に優れたツールだと言えよう。
クリニカル・ラダーー4段の梯子

医療機関看護部でクリニカル・ラダー

さて、さまざまな医療機関看護部でクリニカル・ラダーを展開しているが、導入を決めた理由を探ると、看護師自身が自らの進むべき方向性を持つための目印ももってもらう、個人のキャリア発達を支援しつつ、適正な人員配置・人材活用の指標にする、大卒や大学院卒などの多様なキャリア志向をもつ看護師に対応する、臨床実践能力を早期に効果的に育成する、など様々である。

ただし、共通点もいくつかみられる。その中でも最も目に付くのが、臨床能力段階を4つに分けている点である。4段階の根拠は、一世を風靡したべナーの考え方が元になっていることが多い。

「新人」から、「一人前」および「中堅」を経て「達人」に至る過程を説くべナーは、臨床能力に差があることを膨大なデータから示し、世界中の看護師に受け入れられた。

しかし、次の段階への移行プロセスを考えると、その間隔は決して等間隔ではない。

「新人」から「一人前」への移行においては、集合教育が充実していることから比較的スムーズだと考えられる。しかし、「一人前」から「中堅」への移行は、女性のライフサイクルの中で結婚や出産を考える時期にあたるために多少の足踏みがある。

また「一人前」としてすでにある程度確立している看護師としての考え方をさらに豊かなものにするには、一層の刺激や努力が必要になるといったことが考えられ、それほどスムーズにはいかない。

周囲も、あの人はもう「一人前」だから放っておいても大丈夫という目でみるようになるので、「中堅」に上がるためのサポートが「新人」の時ほどには期待できなくなる時期でもある。

「中堅」から「達人」への移行となると、さらに高いハードルが予想される。

この図では、断層を登りきるためには、その時期に合つたサポートが必要であることが示されている。だが、そもそも前提となっている4段階が妥当かどうかについては触れられていない。

それぞれの看護部が病院機能やニーズと個人のキャリアニーズを統合させた形で独自のラダーを開発していることは十分に評価しつつ、ほとんどの組織で梯子が4段であることをどう捉えればよいのだろうか。

べナーの考え方が一番いいのか?

なぜ、4段がよいのだろうか。もっと言うと、なぜべナーの考え方が一番いいと思ったのかという記載が一部を除いて見あたらない。

4段階が先にあって、それに看護師の能力を当てはめるという方法にも一理あるが、日本の看護師の臨床能力がおしなべて4段階で説明できることや、その4段階で十分に看護師のキャリア発達を支援する指標に成り得るのかを考えたときに、これでいいのだろうかという不安と疑問がよぎる。

英国のグレード制度

英国では、日本の厚生労働省にあたるNHS (National Health Service)主導で、経験や専門能力、あるいは資格の有無によって看護職がグレードAから1までの9段階に分けられている。

たとえば、看護師はグレードDからスタートし、スぺシャリストの資格をとるか、もしくは特定領域での特別な経験年数を経ることでグレードがEやFになっていく。

この制度は賃金と直結しており、グレードが高くなると当然賃金も上がる。看護師の募集広告をみると、「グレードEの看護師が2名必要」などと具体的な記載になっており、このような制度を持たない我々には目新しく写る。

グレードがHやGといったかなりハイグレードの看護師は、Walk-inCentre (ウォークイン・センター)と呼ばれる看護師が運営するクリニックで簡単な治療や処置を行なったり(グレードG以上)、管理運営や診察を担ったりすることもできる(グレードH以上)。

その他にはトリアージや、限定的ではあるが薬の処方なども行なうことができる。英国のこの制度は国主導であるため、どの地域のどの医療施設で働いても自分のグレードは変わらないという汎用性をもつ。

英国では、能力・経験・資格をきちんと評価してキャリア発達を促すと共に、どのグレードであるかを賃金に反映させるということが目的となっている。

そのため、次のグレードに進みたいというインセンティブが喚起されやすい。べナーのモデルに基づいたキャリア・ラダーに関するレビュー文献においても、ラダーを成功させるためには、4つの側面から恩恵が得られることを示す必要性があると述べられている。

中でも、効果的な報酬システムと連動することが示唆されているが、日本の病院、特に公的な病院では、能力を人事考課や賃金に直接結びつかせるにはまだまだ準備が整っていない。

先述したようにそれぞれの看護部によってクリニカル・ラダーの目的はさまざまである。大切なことは、その導入目的が果たせたのかどうか、本当に看護師のキャリア発達支援の仕組みとして機能しているかどうかであり、そのような評価結果の報告が今後望まれるところである。

まとめ 評価方法の吟味

これまでみてきたように、看護師の能力は確かに差別化できる。

クリニカル・ラダーはその表現の仕方の一つであり、キャリア発達支援方法として導入が進んでいる。そのプロセスの中で、クリニカル・ラダーを看護部の長期的な教育計画とどのように連動させるのかが、もっと議論されてよいと思う。

たとえば、「私の病院は、これから10年の間に急性期に特化していくから、この5年のうちに急性期看護のレべルⅡを全体の20%、レべルⅢを全体の40%、レべルⅳを40%にしたい」といった教育ピジョンのある長期計画を立て、それを実現するためにどのような研修や教育が必要かを考えるといったことである。

また、これから改めて看護師のキャリア発達支援を組織的に考えていくところでは、クリニカル・ラダーも視野に入れつつ、何のために臨床能力を評価したいのか、どのように評価するのかを十分に吟味した上で方法を考えてもらいたい。

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