新人看護師勉強のためのプリセプターシップ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
勉強する看護師(ナース)

平成12年度の日本看護協会「看護職員需給状況調査」によれば、回答を寄せた3,286施設のうち、1,763施設(53.7%)でプリセプター制度が導入されている。また、300床以上の病院を対象にしたある調査では、回答を寄せた747病院のうち655病院(87.7%)でプリセプターシップが採用されていると報告している。

これらの報告にみられる高比率から、日本の病院でいかにプリセプターシップが定着しているかが容易に想像できる。

程度の差こそあれ看護師新人はリアリティショックを起こすものである。看護師はリアリティショックをなぜ受けるのか、で詳しく解説しているが、その前提に立てば、リアリティショックを緩和するための何らかの支援体制を講じるのは当然のことと言える。

だが、その支援体制が、プリセプターシップでなくてはならない必然性はない。プリセプターシップは、あくまでも「ナースのオリエンテーションと役割の移行を促進するための効果的な方略で、一人の新人に一人の先輩ナースが付き、ある期間マンツーマンで教育指導を行うこと」である。

今回はプリセプターシップという教育指導の現実について知ってもらいたい。

プリセプターシップの根幹をなす考え方が成り立つことが前提

日本の一般的な看護提供体制においては、この”マンツーマン”が成立しにくい。その原因は、

  1. 絶対的な看護師数の不足
  2. 新人の4月一括採用の二点に集約されるように思う
  3. プリセプターシップの適切な導入期間

これまでの報告をみると、プリセプターシップの導入期間で最も多いのは1年であり、短いところは1カ月である。1カ月と思われるかもしれないが、よく考えてみれば、マンツーマンの指導を1年も続けられたら、プリセプティもプリセプターもたまったものじゃない。

適切な導入期間は4~6週間であり、この間に職場に慣れ、なんとか一通りの技術をこなせるように集中的に教育・訓練を行うというのがマンツーマンの醍醐味である。だが、実際には、プリセプティが勤務する日の同じ勤務帯にプリセプターが勤務できているわけではない。

たとえ両者の勤務が一致したとしても、プリセプティがプリセプターとペアを組んで患者ケアにあたるというのではなく、プリセプティはプリセプティ、プリセプクーはプリセプターでそれぞれ別の受け持ち患者がいる。これでは、マンツーマンの指導とはとても言えない。

看護部プリセプター

それでは、なぜ本物のマンツーマンにしないかというと、そもそも人員が十分数ではない上に、4月に一斉に入ってくる複数の新人一人ひとりに対して、そんなに時間をかけられないからだ。

だから、「プリセプターはいるけど、実際に教えてくれているのは、その日に同じ勤務になった先輩。プリセプター?ときどき声をかけてくれるから、気にしてくれているとは思うけど、何をしてくれる人なのかよくわからない」ということになる。

なかには、プリセプターシップ制度を形だけでも守ろうとするがゆえに、「プリセプターと勤務日が同じになるわけじゃないので、日記みたいなのを書いて毎週読んでもらうようになってるんだけど、手渡しが原則って言われるから、自分が休みの日に病棟にもっていかなきゃいけない」などという、悲惨な事態も生じることになる。

一定期間、手厚く新人サポートする人員体制が必要

そもそもプリセプターシップが提唱された当時の米国では、日本とは比較にならないほどの人員が整備されていたし、日本のように4月だからといって大勢が入れ替わるということはなかったのだ。

誰だって、新人には一刻も早く成長してほしいと願っているし、新人はなるべく早く職場に馴染みたいと思っている。だが、マンツーマンを基本とするプリセプターシップを成功させるためには、とにかく一定期間、手厚く新人に張り付く人員体制が必要である。

それが難しければ、プリセプターシップという名称にこだわらない教育・指導方法をきちんと整備し、体系化するという決断をすればややこしくない。

教育・指導方法は、組織と個人のニーズや組織の資源等により異なって然りだ。プリセプターシップでなければならない必然性はない。

現行の仕組みは、プリセプターシップではなくチューターシップ(決まった相談相手がいて、相談や支援を求めることができるが、一緒の勤務でケアをするわけではない)だという指摘もあるように、プリセプターシップとは別の制度を採用すればいいのだと割り切れば、むしろ現場に即した教育・指導体制の見直しと整備が進むように思われる。

指導の現実

少し手厳しいことを書いてしまったが、もちろん、新人看護師の中には、「プリセプターに助けられた」「自分もあんなプリセプターになりたい」と感じている人も少なくない。そこで、完全なマンツーマンになっているかどうかや、プリセプターシップという呼称を使うかどうかの論議を思い切って棚上げにしてみよう。

残る問題は、この制度を続けることがみんなにとってハッピーかどうかだ。もしも、すべてのプリセプティがすべてのプリセプターを肯定的に評価していれば、その仕組みに対する呼称なんてどうでもよい話になる。だが、実際には、どのプリセプターになったかによって「当たり」「はずれ」と新人が一喜一憂する。逆の場合もある。

プリセプター側も、普段の仕事をしながら新人にも目を配るわけだから、自分のプリセプティが「当たり」だと教え甲斐もあるし負担感も少なくてすむ。

ところが、「はずれ」だと、そのプリセプティのできないことが目に付いてばかりになり、指導に行き詰ったり、面倒に感じられてしまう。
あげくの果てにプリセプティが辞めたいなんて言い出すと、自分の指導が足りないせいだと自らを責めたりもする。プリセプターシップにおいては、ぺアリングがいかに大切かということだ。

プリセプティ意識のずれを食い止める

先にも挙げたように、ぺアリングをうまく機能させるために参考になるような先行事例は、幸いにもすでにいくつも報告されている。プリセプターとプリセプティとの意識の違いについての報告からは、プリセプター研修で活かせるような示唆がいくつも得られる。

また研修の中で自分のプリセプティ時代を振り返っておくことで、意識のずれを食い止めるような取り組みも報告されている。これらの報告が貴重であることは言うまでもない。

しかし、それだけでは何かもの足りない感じがするのは、新人の嘆きを繰り返し耳にする機会があるからだろう。彼女(彼)らがぺアリングで最も困っているのは、いわゆる指導には向いていないプリセプターの対応だ。

プリセプターは怖いか、優しい、どちらが良いのか

たしかに、怖いプリセプターは困る。やさしいに越したことはない。だが、怖くても指導される内容が理にかなっていれば、新人は泣きながらもついていくものだ。

ところが、怖い上に理不尽な対応をされると、これは本当に困る。

新人の側にどっぷりつかつて代弁するならば、「明らかに自分のプリセプティだけを可愛がって、私が困っていても日もくれない」「初めての手技なのでついてきてほしいと頼んだら、イヤだと言われた」「本当はプリセプターなんてしたくなかったと、あからさまに言われた」「物品の保管場所がわからなかったので、どこにあるのかを尋ねたら、猫でもわかると言われて教えてもらえなかった」など、耳を覆いたくなるような意地悪のオンパレードだ。

翻って、プリセプティーの台詞をプリセプターの側に立ってとらえてみれば、「自分のプリセプティのことだけで精一杯なのに、他の新人の面倒までみれない」「最近の新人は、なんでもかんでも聞けば教えてもらえると思って、甘えすぎだ」「わざわざ忙しい自分に聞かなくても、物品の場所くらい手の空いているスタッフに聞いてくれればいいのに」ということになるのかもしれない。

だが、理不尽だと受け止められる発言はやっぱり困る。

失言は後から取り消すこともできるが、根っから指導に向いていない振る舞いしかできないプリセプターは、存在そのものがプリセプティにとっては脅威となるからだ。

看護部プリセプター「やるべからずリスト」

看護部の方針によって、プリセプターには知識や技術の指導まで求める場合と、職場になじむような精神的なフォローのみを求める場合とがある。新人が職場で頼りにできる人的サポートといえば同期とプリセプターだ。プリセプターが自らの役割を十分認識しておく必要がある。

プリセプターの任命にあたっては、キャリア発達のためにプリセプターを経験させるという管理者の親心もあるようだが、専門職への社会化と組織社会化とを同時に、かつ複合的に体験している新人には、迷惑な話になることもある。あえて新人を対象にしなくても、教育や指導をする機会は他にもある。

それに、プリセプターでなくても、病棟の中の各種委員会や研究などを担当してもらい、キャリア発達に結びつけることはできる。すべてのスタッフに同じ経験をさせる必要があるのかどうか、その効果との関連から検討する必要がある。

とは言え、師長が職場のメンバー表をまざまざとみつめた時に、不本意ながらも不向きと思える人にもプリセプターをやってもらわないといけないこともあろう。そのような状況をふまえ、プリセプターの「やるべからずリスト」を紹介しておこう。

プリセプターのやるべからずリスト

  • プリセプティを看護学生のように扱う
  • プリセプティを怯えさせたり、プリセプティに怯えたりする
  • 細部にまでつっこんで、プリセプティをやっつける
  • ブリセプティが自分で、なんとかできる状況ではないのに困らせる
  • 緊急事態以外のときにもプリセプティの代わりをする
  • 病院管理者、他のスタッフのことを非難する
  • プリセプティの力を高く評価しすぎたり、低く評価しすぎたりする。その評価に確証をもってしまう。
  • 経験のあるプリセプティには、サポートや指示はそれほど必要ないだろうとみなす
  • プリセプティが期待していることを非現実的にとらえる
  • 患者、家族そして他のスタッフの前でプリセプティを困らせる
  • プリセプティに過度のプレッシャーをかけたり、せかしたりする
  • プリセプティのできばえに対して、建設的な批評をすることを躊躇する
  • プリセプティの行なったことを修正するために、否定的なフィードバックを行なう
  • プリセプティのできばえや進捗状態を、プリセプティ自身に知らせない
  • 自らのサポートシステムを使うことを躊躇する
  • プリセプターシップという新人導入プログラムを成功させるために、自分がどれほど大切な存在であるかを忘れてしまう

まとめ

基本的に看護師は自分の仲間を育てたいと思っている。プリセプターには不向きだと思える人でも、とにかく「やるべからずリスト」にあるようなことをしないように心がけてもらえば、きっと新人の成長に貢献できるはずだ。

なお、「やるべからずリスト」の姉妹版に「やるべきリスト」もある。
しかし、それを掲載するとそちらに目を奪われ、「やるべからずリスト」のインパクトが薄れると思ったので、記事には載せないことにした。どうしても知りたいという読者は参考文献をみられたい。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

*