看護専門職に悲鳴をあげないための看護社会化現象

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看護専門職への社会化過程は、複数の研究者によって段階モデル(どのような段階を経て社会化がなされているのかを示すモデル)が提唱されている。

このごく単純に教育を通じてなされる社会化と、仕事を通じてなされる社会化の2種類があることをご存知だろうか。

看護教育で行われる社会化で何をすべきか

Kramerは、専門職への社会化の目標は規範的にも行動的にも変化してくことだという。ただし、「特定の仕事上の役割を果たすために準備する行動を教えるよりも、他のメンバーとの同僚性や仲間意識を志向するのに適切とされる規範、価値観そして行動を教え込むことのほうが、より重視されているように思われる」と述べている。

Kramerによると、役割遂行のために行動を準備するのは看護教育で行われる社会化で、何をすべきか、いかに行動すべきかという「べき論」を中心に教育が行われる。

看護学生としてふさわしいあり方が唱えられ、看護学生になるための社会化が行われる。他方、同僚性や仲間意識を志向する行動をとりこもうとするのは、卒業後に臨床現場で仕事を通してなされる看護師になるための社会化である。

看護教育では、臨床とのかいりがないかどうかを常に問われる。そうならないように心がけてはいても、その溝が埋まりきれないもどかしさがつきまとう。

Kramerの指摘は、そもそも専門職社会化の目標が2つあり、それを教育と臨床とが別々に引き受けているということに気づかせてくれる。

複雑な「看護社会化」のプロセス

なぜ看護師にはリアリティショックが起きやすいのかという疑問に戻ろう。

2点に整理できる

  1. 学生から会社勤めへの移行過程においては、組織社会化が主な課題となるが、看護学生から病院看護師になる移行過程においては、組織社会化と専門職への社会化の両方が課題となる。
  2. 専門職への社会化には看護教育が目標としているものと、臨床が目標としているものの2つのタイプがある。看護師への社会化プロセスにおては、①と②が複雑に絡み合っており、それがリアリティショックを強化しているのではないだろうか。

組織社会化を組織に参入する時点を境に2つの時期に分け、それぞれの時期に応じた対応策が必要である。2つの時期とは、組織参入前にすでに生じている予期的社会化の時期と、組織参入時点から始まる組織内社会化の時期である。

看護社会科の組織
出典:看護部の教育について | 医療法人豊田会 刈谷豊田総合病院

前者は、個人がその職業に就こうか、どうしょうかと思い悩む段階のもので、このときには、限られた情報の中で自分の適性や仕事の将来性や仕事の中身などが吟味される。

この時期、組織としては、新規参入予定者に対してネガティブな面も含めてできるだけ現実に即した仕事に関する情報を提示する。これを専門用語でRJP (Realistic Job Preview)という。

夏休みを利用したインターンシップなどが好例だ。そうするととでリアリテイショックの緩和につながる。

後者は、組織参入後の段階のものであり、先述した社会化戦術によって社会化が促進されていく。それぞれの時期には、集団の規範や規則を受け入れる文化的課題個人に割り当てられた役割を遂行するための役割的課題、そして、その役割遂行に必要な技能を獲得するための技術的課題がある。

さて、看護専門職への社会化の時期とKramerの考え方を統合させると2つの節目がある。看護教育機関入学時点と、ライセンスを取得し医療機関に就職する時点である。

看護教育機関入学時点

看護教育機関に入学する前から、入学希望者は、看護の仕事がどのようなものかというイメージをもっている。すでに看護師への予期的社会化が始まっているということだ。ただ、現実の仕事の中身はよくわからないので、一日ナース体験などに参加して、少しでも実体験に近づこうとする。

教育機関に入学すると、看護師への予期的社会化はさらに進む。講義や演習、そして実習を通して看護の専門的知識・技術を習得していく。ただし、まだ質的にも量的にも本当の看護師としての仕事はしていない。

あくまでも、看護学生としての社会化の段階であり、有名なべナーの技能習熟過程でいうところの最初の段階である初学者としてふさわしい態度や行動ができることが求められる。

この時期には、たとえテストの点が優れていても、あるいは実習先で充実した看護体験ができたとしても、本物の看護師が忙しそうに走り回り、重症患者を何人も受けもっている姿をみることで「ほんとうにこんな仕事をやっていけるのだろうか」「夜勤はしたことないけど身体がもつだろうか」「先輩はちゃんと教えてくれるだろうか」といった不安は残る。

看護師への予期的社会化と平行して組織への予期的社会化が起きる段階でもある。

医療機関に就職する

やがて、基礎教育が終了し、国家試験の合格発表と同時期に医療機関に就職することになる。ここから先は、看護師への社会化の時期である。この時期には、Kramerが「専門職一官僚制」葛藤と呼ぶようなりアリテイショックが生じやすい。

看護教育では、一人ひとりの患者に存分に時間をかけたケアをするように教わったにもかかわらず、現場においては、仲間や同僚と一緒にたくさんの患者を時間内にケアするという効率性が求められる。

新人は、理想的な専門職としてのケアと官僚的方法によるケアとを両立しえないと感じとまどう。この時期には、同時に組織内社会化も始まる。設置主体、地域性、病院機能、伝統などによって特徴づけられる組織文化に馴染んでいくよう、組織が個人に求めるのである。

まとめ

これまで述べてきたように、看護師になるには、長期間にわたり、複数の社会化プロセスを同時に通過しなければならない。悩んでも、苦しんでも、疑問に思うことがあっても、とにかくこのプロセスを通過したときに「看護師」になる。

複雑な入れ子構造をなす社会化プロセスの中で、看護師になることへの不安と期待とは交錯し、事あるごとに、その不安も期待も強化される。

もちろん、不安や期待のレべルには個人差があるし、社会化プロセスをむしろ楽しく過ごせたという人もいるだろう。だが、現実にリアリティショックがあちらこちらで生じている。

そればかりでなく、2、3年以内に看護の仕事を離れてしまう人たちが後を絶たない。そのことが、この複雑な社会化プロセスと無縁だとは思えない。人が仕事を辞めたいと思うことを、その現場の人間関係や職場風土のせいにしたり、その人の弱さのせいにしたり、不適応という言葉で片付けることはできる。

しかし、なぜ人問関係がそれほどまでに重視されるのか、病院に独特の職場風土とはどのようなものなのか、なぜ看護教育には適応していた学生が社会にでると弱くなったり適応できなくなったりするのだろうか。

そんなことを考えるとき、それらがみな看護師になるための社会化プロセスの中で絡み合っていることに気づく。

この複雑なプロセスを理解し、教育・臨床・個人が三つ巴になって看護師の社会化をどう支えるかを議論しなければ、不毛なものになりかねない。

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